恋愛の縺れの末に生まれてくる依存心に近い!? なぜ私は読書の虜になったか【神野藍】
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第29回
【鈍感で無知なままでいる方が幸せ?】
目の前の道に陰りが見えたとき、たまに思うのだ。この世の中、ある程度鈍感で無知なままでいる方が幸せではないかと。自らが置かれている状況や抱えている心情を事細かに把握し言葉で表現しているから、こんな思考の濁流に飲み込まれているんじゃないかと。このように考えつつもそうしないのは、鈍感で無知なままでいることの恐ろしさを知っているからだ。
自らが起こした突飛な行動や説明がつけられなかった感情の多くは、正体を丁寧に解き明かすことでそれらの抱える怖さを乗り越え、人生の血肉として昇華してきた。もし、そのまま放置したとしたら気が付かないうちに同じ人生のステージで、同じ成功と失敗を繰り返し、これまでと同じように自分と他者を傷つけて、「ああ、私は何でいつもこうなんだろう」と愚かな嘆きをこぼして生きていくのだろう。
ああ、想像しただけでぞっとする。とても楽だけど、思考が溶けていく液体で満たされた水槽の中にいるみたいだ。そんな場所に留まりたくなくて、様々なものを吸収することで言葉と知識を得た。得体の知れないゆえに対処できなかったこと、けじめがつけられなかったことが一つずつ減っていくと共に、自分の足取りが軽くなるのを感じたのは事実である。
気がつけば、ちゃんと一人で歩けるようになった。目の前の不幸ばかりを嘆いていたところから、ずいぶん遠くまで来た。ただ、私がこれからも真っすぐ歩んでいくためには、本を読むことや何かから表現を吸収し続けないといけない。私と対峙しながら、私への思考を深めていく。きっとやめてしまったら、また同じ道を延々に歩くことになるだろうから。
今日も明日も、目の前の本に、言葉に、刃を突き立てられようとも手を止めることはない。私にとって本はどうしようもなく愛しく、どうしようもなく恐ろしい人生のパートナーなのだ。きっとこの関係はずっとずっと続いていくのだろう。
(第30回へつづく)
文:神野藍
※毎週金曜日、午前8時に配信予定
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